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台湾で 2

 

前回は、話が、全然台湾に行かなかったので、今回は台湾のことを簡単に紹介します。

私が台湾に行ったのは、かれこれ6年前、1999年の8月、私はまだ高校を出たばかりの19歳だった。バイクで日本一周をしている途中、沖縄の最南にある石垣島に立ち寄り、前々回のエッセイに書いたようないきさつで、台湾を訪れることになった。

私は、2週間ほど滞在し、台湾をぐるりと一周してきたのだが、初めての、しかも、1人での、海外旅行だったことを、差し引いても、台湾での思いでは、素晴らしかったという言葉1つで、語れると思う。

石垣島からは、フェリーがでており、1万円ちょっとで、台湾へ行くことが出来た。実際、台湾は石垣島から非常に近くて、たった4時間でついてしまった。沖縄本島へ、10時間もかかることを考えると、台湾はとなりの島である。

台湾は、九州と同じくらいの大きさで、約3000万人が住んでいる。島の中央には、玉山という富士山より高い山がある。この山は、台湾が日本であった戦前は、新高山と呼ばれていた山である。あの、パールハーバーの暗号であった、”ニイイタカヤマ、ノボレ”の新高山である。

戦前は、日本であると書いたが、台湾の政治状況は非常に、複雑である。日清戦争に、勝利した大日本帝国は清から、多額の賠償金とともに、台湾を割譲された。それ以後、50年以上、日本が太平洋戦争にやぶれるまで、台湾は日本の支配下にあった。

日本が、戦争に敗れ台湾を去ったあと、中国大陸での内戦で、共産党に負けた国民党が、台湾に逃げこんでくるのである。国民党は、台湾を支配し、その後、つい最近、35年以上も(用確認)、国民党の一党独裁状態を続ける。
彼らは、別に台湾に、”台湾政府”をつくったのではなく、自分たちこそが中国の正式な政府であると主張しつづけ、”中華民国”(注1)を、台湾に持ち込んだのだった。機会があれば、大陸へ侵攻するつもりであった。このことが、二つの中国という、理解しづらい問題をつくった。

外国に初めて訪れた、ティーネージャーの私は、日本は、日本だけで存在しているのではない、と言うことをおもいしった。そしてかつては、日本であったという国を見て回り、歴史、そして、国家のスケールの大きさというものを知ることになった。
つづく


(注1)もう一つの中国は、”中華人民共和国”。いま中国というと、こちらのことである。ちなみに、中華という言葉は、世界の中心と言う意味である。地理的概念を含まないので、戦前はこの地域を支那とよんでいた。しかし、いまではこれは、差別用語になるらしい。しかし、英語では中国のことを、”チャイナ”とよぶが、ことれいいのだろうか? たしか、オランダ語では”シーナ”と言うらしい。

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